【若年層伝統産業従事者へ届け】“黙って腕を磨く”じゃ足りない時代に、生きる職人として
- 美彰院-BISHOIN- 美術修復スタジオ

- 1月20日
- 読了時間: 4分
皆様、大変お世話になっております。令和7年度の京の伝統産業わかば会・役員の坂本です。 自分の仕事は美彰院美術修復スタジオと言う美術修復事業と海外の方向けに金継体験をしています。
今回は、伝統産業の若手職人が抱える『あるある』だったり“リアルなまよい”を書いていこうと思います。 特に「営業や経営など、ビジネス経験の少なさ」からくる“前に出ること”へのアレルギーについて。
自分の体験や、周囲の声を交えながら言葉にしてみたいと思います。
つくるのは好き。でも、届けるのが怖い
まず、自分の話ですがそもそもこの世界にはいった20代のころ、職人としての“手のわざ”には夢中になれても「実績を可視化する」ことにたいしては本当に無頓着でした。
理由は、それは自分の仕事ではないと本気で思っていました。
現場一筋が正義。
わざわざ外に出る必要などない。 そう言い聞かせて目をそらしていた自覚があります。
営業=押し売り発信=目立ちたがり お恥ずかしい話ですが、正直、偏見すらありました。 このように若い時期に保守的になりすぎた背景としては、理想を追う情熱ゆえのことだったように振り返ります。
“矢面に立つ”ことへのアレルギーと、その正体
いま思うと、この「矢面に立てない」感覚の根本にあったのはビジネス経験の浅さでした。
自分の場合は、迷いや弱さがあって自分の価値を言いきってしまう・出しきってしまうことを怖がっていたと思います。
値段を聞かれたとき、どう返すべきか
断られたとき、どう受け止めるか
失敗したらどうやって責任をとったらいいのか
こうした“ビジネスのあたりまえ”に対して、覚悟を持たずに逃げていたんだと思います。
だからつい、口を閉ざす。
後ろに下がる。
誰か助けて貰えるひとがいないものかと他人軸にぶれる。
そうして長年、「やっぱり自分は営業に向いてない」と勝手に結論づけていました。
自分の責任を背負ったうえで『届ける』
自分の場合の話、「矢面に立てない」というより「矢面に立つ覚悟ができていなかった」だけだと思います。
自分の仕事にどれだけの意味を込めていても、それを誰かに「伝える」という行為には責任が伴う。
その責任を正面から引き受ける勇気がなかった。
発信や営業に汗をかけない=どこまでいっても“誰かの後ろ”にしか立てない。
誰かに助けてほしい、誰かが代わりにやってくれたら――そんなふうに思っていたら、結局どこかで「自分ごと」にしきれない。
責任を背負いきらない。
耳が痛いけれど、大事な気づきだと思います。
だから今の自分はたとえつたなくても、自分の言葉で、自分の想いで、自分の手しごとを届ける発信をしています。
我々は「作るだけじゃ足りない時代」の職人だから
以前は、営業や発信=「何かを奪い合う戦場」のように感じていました。
でも少しずつわかってきたのは、“矢面に立つ”というのは誰かと勝負することではなく、「自分自身と向き合うこと」なんだということです。
職人としての『自分軸』を育てていくこと、ささやかでもこの社会において責任をつとめあげること。
ビジネス経験が少ないことや、営業が苦手なこと、つながりの場に対してアレルギーをもっていることは、決して「恥」ではない。
もっと言えば、皆、怖がっている。
むしろ、不安や弱さがあるからこそ、同じ場所で迷っている誰かの背中を押せる存在になれるのかもしれません。
職人仲間と話していていつだって話にあがるのは、 『うまく言えなくてもいい。未熟でも器用にこなせなくてもOK。 しかしながら、「自分なりにどう届けようとしているか?」は、いつだって問われつづけるよね』ってことです。
そもそも論、「最初からうまくやれないと恥ずかしい」と思ってしまいがちですが、そうじゃなくて、下手でも、自分の中にある思いや価値観に“誠実に”向き合うこと。
その姿勢こそが、「ビジネスの主体性」ということなんじゃないかと歳を重ねてから思うようになりました。
なぜなら、我々は『つくるだけじゃ足りない時代の職人』だから─自分で自分の苦手にひかりをあてたいと思ってさえいます。
立たなくていい。でも、向かってみよう
自分の含めて伝統産業従事者界隈では、営業や発信に対して「自分には向いてない」と感じている方…多いと思います。
その苦手意識の奥には、もしかすると「知らないことへの恥ずかしさ」や「自責の念」があるかもしれません(本当に気持ちは良く分かります)。
それは、努力してこなかったからではなく、『じゃない方だ』と決めつけていたってだけです。
営業も経営も、ゼロから学べるものだと思います。
技術と一緒で、継続は力なり…
今の時代は『遅すぎる』なんてないし、出来ない探しの方が難易度高いもの。
最初は怖くても、仲間と話したり、試行錯誤したりする中で、きっと少しずつ自分なりの“伝え方”が見えてくるはずです。
「矢面に立たなくても、前には進める」今はまだそう言って、自分を励ましながら進んでいます。







